札幌も野山は新緑に染まり始め、山菜のシーズンたけなわですが、海はどうでしょうか。カレイやホッケが釣れる頃なので、様子を見に出かけてみました。
自宅から近い石狩海岸です。雪解けの春霞に煙る背後の山々が右側でなだらかに下って海に入るあたりが小樽です。
海岸の草地はまだ枯れ草が多いですが、若草が生え始めています。初夏にはハマナスの紅い花が咲き乱れ、甘い香りに包まれるのです。
草原の夏鳥であるホオアカが上機嫌で歌っていました。美声のホオジロにくらべると歌は素朴ですが、のんびりした歌声は海岸の草原で聴くと心が安らぎます。
昨日はかなりの強風で海も荒れていたようですが、今日は穏やかな海です。この砂浜の海岸ではアサリなどの貝も採れるのですが、さすがにまだ海水温が低いので人の姿はありません。
防波堤に近づくと、ハクセキレイがお出迎えです。しかし、私を歓迎しているのではないことは、その緊張した顔つきからも明らかです。ときどき鋭い声で鳴いています。近くに巣があるのでしょう。海岸の護岸の石の隙間などに営巣します。
釣り場に到着です。砂浜から沖にまっすぐに延びた小さな防波堤が今日の釣り場です。
防波堤左側は外海で大きな波消しブロックが積み重なって連なっています。右側の岸壁は石狩湾新港の港内に面しています。
十年ほど前までは、ここは5月になるとカレイやホッケがいくらでも釣れて、小さな防波堤は釣り人であふれていたのですが、あれから魚たちはどこへ行ったやら、とんと釣れなくなりました。
というわけで、天気良く波も静かなのに、防波堤に釣り人の姿はほとんど見当たりません。今年もホッケは釣れていないようです。
先端近くで、二人の釣り人が波消しブロックの上から竿を振っていました。外海への投げ釣りで、カレイを狙っているようです。その横ではカラスが一羽、釣り人からのおこぼれ(雑魚)を待っていましたが、まもなく飛び去りました。やはり釣れていないのでしょう。
この時期は外海がよく釣れるのですが、折り重なった波消しブロックの上からの釣りとなるので、平衡感覚が鈍った老人には危険です。
内側の岸壁は安全ですが、あまり釣れません。岸壁の際を探り釣りする二人組がいますが、彼らの狙いはどうやら魚ではないようです。何を釣っているのかな? 釣ってもいいのかな?
岸壁から海面を見下ろすと、海中には大きな海草が茂り、壁面にはムラサキイガイがびっしりと張り付いています。これなら魚も居るに違いありません。今日はこの場所で釣ることにしました。
今日の狙いはアカハラ(マルタウグイ)です。竿一本でアカハラと遊ぶつもりなのです。アカハラは投げ釣りでも釣れますが、強くシャープな引きを楽しむなら、軽くて軟調の竿での一本釣りが一番です。そんなわけで、本日、用意したのはニシン釣り用の6mの長竿です。
岸壁にどっしりと腰を落ち着けて、仕掛けを付けた釣り糸を海底付近まで垂らします。柔らかい竿先が仕掛けの重さでへの字に海面に下がっています。この竿先がクイクイと引き込まれたら、それが魚がエサを食ったという合図ですから、大きく竿をあおって魚を鈎に掛けるという算段です。脈釣りという釣法ですね。
この釣りで重要なのは、寄せ餌をせっせと投入して、付近にいる魚を集めること。ですから、かなり忙しい釣りなので、竿は一本で十分なのです。
竿を上げ下げしていると、いつのまにかカモメ(ウミネコ)が一羽、こちらをじっと見ています。カラスと同じで、釣れた魚を狙っているのです。
カモメが怖い鳥だと実感させられたのも、この防波堤でした。今から10年ほど前で、ホッケがよく釣れていた頃のことです。時期も今頃で、ホッケがどんどん釣れるのでつい帰りそびれて、気がついたら周囲の釣り人はみな帰ってしまい、夕闇せまる防波堤には私一人。
あわてて帰り支度をしていると突然、ものすごい突風が吹いて来て、防波堤を歩く私の背後に風が打ち当たりました。その時の私の格好はというと、背に重い荷物を背負い、右手に竿、左手にクーラーボックスを下げていたので、バランスを崩して倒れ、岸壁のコンクリート上に顔面から激突してしまったのです。
強い衝撃で、どうやら一時的に気絶していたようでした。ふと、周囲でミャーミャーという猫の鳴き声がするので、うつ伏せになった顔を横にして驚きました。カモメの群れに取り囲まれていたのです。
冷たく不気味なカモメの眼を見て、瞬間的に、カモメが私を死体、すなわち彼らにとっての御馳走と思って集まって来たのだと思いました。危うく目玉をえぐられるところでした。
ヨロヨロ立ち上がった私を見て、彼らは残念そうにミャーミャー鳴き交わしながら飛び去り、前歯を折って顔面血だらけになった私も必死の形相で帰路についたのでした。
30分ほどして、狙いのアカハラが釣れました。スマートなきれいな魚です。
カレイやホッケはほとんど釣れなくなりましたが、アカハラはたくさん居るのです。しかし釣り人の多くはこの魚をバカにしていて、釣れても捨ててしまいます。理由は、小骨が多い上に、臭くて不味いから。アカハラを専門に狙うのはこの釣り場では私くらいでしょうね。
しかし、実は釣れたての生きの良いアカハラは、塩焼きにすると大変美味なのです。刺身も美味い。ただし、食べて美味いのは、20cm~30cmくらいの若い魚です。40cmを超えると臭みがあり美味しくありません。釣れたのは25cmほどで、食べ頃のサイズでした。
塩焼きは淡白な味ながら旨味があり、腹部には適度な脂もあって美味い。皆さんもぜひお試しあれ。
一匹釣れたので、さあ、これからだと竿先の動きを注視したのですが、どうしたことか後が続きません。ようやく釣れたのはアブラコ(アイナメ)でした。大きさは先ほどのアカハラと同じくらいで、これくらいのサイズならアカハラのほうがはるかに美味い。ということで放してやりました。アブラコは大きいものが美味いですね。
竿先がチョコチョコと小さく揺れました。小魚が遊んでいると思い、軽く合わせたら、強い引きです。よく走りますがアカハラとは違い海底へ潜ろうとします。アブラコのようなゴツゴツした引きでもないので、何だろうと思いましたが、上がって来たのは大きなウミタナゴでした。26cmで、ウミタナゴとしては大型です。これは嬉しい。
ウミタナゴは多くの魚と違い、卵胎生であるため、卵はメスの体内で孵化し、生長した稚魚を産むのです。それも、数十匹以上のたくさんの稚魚を!
そんなことから、この魚は地方によっては安産を祈願して妊婦に食べさせるという縁起の良い魚なのです。
私事ながら、実は我が娘が妊娠中で、今月下旬が出産予定なのです。さっそく食べさせてやりましょう。海の神様の粋な計らいに感謝です。
次に釣れたのは30cmほどのカジカ(ギスカジカ)でした。あまり走らず、ただ重いだけなのでカジカだと思ったら、その通りでした。見かけによらず美味しい魚です。
その後はバッタリと魚信が途絶えました。日が暮れて暗くなってきたので、そろそろ終わりにしようかと考えていた時、竿先がフワフワと上下しました。しかし、その後は竿先は動きません。海草にでも引っ掛かったかなと思い、竿を強く上げたところ、鈎が海底の岩にでも引っ掛かったのか、竿が持ち上がりません。あれまあ、地球を釣ってしまったと思った瞬間、糸がグングンと凄い力で海中に引き込まれていきます。
リールがジジーと逆回転して糸が出て行きます。どうやら魚、それも相当にでかい魚のようです。6mの長竿を立てようとするのですが、何しろ柔らかい竿のため、大きく湾曲するだけで引き寄せることができません。右に左にとグイグイと引き込む魚に合わせて、岸壁上を行ったり来たりしていましたが、そのうちにピタリと動きが止りました。
南無三!鈎が岩に掛かってしまったか? 仕掛けは2本鈎なので、うち一本が海底の岩に引っ掛かったと思ったのです。無理に引っ張ると糸が切れてしまいます。切れるのは仕方ないにしても、何が釣れたのかも解らずでは悔いが残ります。ここは魚(多分)が動き出すのを待つしかありません。
すっかり暗くなった岸壁で、祈るような気持ちで竿を持っていたら、竿先が少し動きました。しめたとばかりに竿が折れんばかりに持ち上げ、リールを巻くと、また強い引き込みが始まったのです。やがて少し魚が浮いた感じがしたので強引に竿を立てると暗い海面に魚が姿を現しました。ライトに照らされたのは大きなカジカだったのです。
もう暴れる元気もないようでしたから、糸を持ってそろりそろりと岸壁上に引き上げたのですが、驚いたことに、鈎はカジカの尾部に掛かっていたのです。なるほど、それであんなに強く引いたのか。
戦った時間は10分近くだったと思いますが、カジカは疲労困憊だったでしょう。私もハラハラドキドキの連続で疲れましたが、カジカの姿を見たとたんに元気になりました。
釣れ上がったカジカは44cm、1.7kg でした。カジカとしては非常に大きいというサイズでもありませんが、40cmを超えるカジカを釣ったのは私には初めてのこと。嬉しかったですね。
持ち帰ったカジカは翌日、カジカ鍋で美味しく頂きました。特に、大カジカの黄色く大きな肝臓は美味かったです。カジカは締まった肉質でフグに似た食感で私は大好きです。
体力の衰えを実感させられるこの頃は、釣りもまた昔のようにはいきません。体力にあった釣り方に変えていこうと思い、今回の釣りも、一本竿での脈釣りに終始しました。この釣り方は、中学生の頃に熱中したヘラブナ釣りに似ているように思います。釣りは「フナ釣りに始まり、フナ釣りで終わる」といわれますが、その心境に近づいてきたようです。